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技術職のセールスパーソンにも求められるプレゼンテーション力

スペックや機能、内部構造に関する詳しい知識を持つ人は確かに魅力的ですが、今やそれだけでは十分とは言えません。技術力の高い専門家ほど、同じ立場以外の担当者とのやり取りを求められることが増えています。ひと昔前であれば、サプライヤー側のエンジニアはバイヤー側のエンジニアと連絡をとれば事足りており、スペックにこだわる研究者肌同士のコミュニケーションで十分でした。今日では、購買チームにも多様なメンバーが存在し、技術面にさほど詳しくない人であっても、重要な意思決定者たりえます。そうした場合、技術者は、技術に詳しくない人でも理解できる方法でコミュニケーションを取り、プレゼンテーションできる必要があります。

技術者はコミュニケーション能力に対して関心が低いものです。たとえば高校時代には国語が嫌いで、数学、物理、化学などを得意とする傾向があったかもしれません。大学では、技術系の科目を重視し、好んで履修したことでしょう。実はこのような技術志向の人たちが、職場で問題を起こしたことが要因で、そのような人向けに大学が新しい課程を新設したのが、経営学修士(MBA)の始まりです。MBAの目的は、技術系の人々に、会社経営における非技術的な側面を教授することでした。

最近ある発表を聴く機会があり、基本的なプレゼンテーションスキルの大きなギャップを思い知らされました。プレゼンには多数の人が詰めかけ、スピーカーは技術分野で博士号を取得し、最大手のグローバル企業で執行役員を務める素晴らしい経歴の持ち主でした。当該分野の重要人物である彼は、会社を代表して技術的なプレゼンテーションをするよう求められる機会も多い人物です。

彼がプレゼンテーションスライドを開始したとき、私はショックを受けました。 彼のような立場と経験と役割を備え、ブランドに対する大きな責任を負っている人物が、このような基本中の基本のミスをするのだろうかと驚いたのです。一枚目のスライドは、文字で埋め尽くされていました。一般的に最初に表示される、コンプライアンス上必要な免責事項の記述かと思いましたが、いえいえ、そうではありませんでした。プレゼンテーションそのもののスライドの一枚目だったのです。

その上、文章には10ポイントサイズの細かい文字フォントが使われており、判読できるかできないかという状態でしたし、 そのページの下側4分の1は空白になっていました。プレゼンテーションの進め方は、基本的にそのスライドの内容を読み上げる形式でした。次のスライドはさらにひどく、同じ10ポイントのフォントで、スライドの下半分がブランクでした。細かい文字の試練の次に、折れ線グラフがいくつか出てきました。ほっとしたのも束の間、グラフの説明文にも判読しきれないものが多くあります。

私は、21世紀でもこのようなことがあるのかと、とにかく驚くばかりでした。 高校生でも、この男性よりは上手に情報をスクリーンに映し出すことができたでしょう。彼はこうしたプレゼンの機会が多い職業に就いており、高度な技術的訓練を受け、顧客である大企業の役員室をしばしば訪れてこうした説明を行っているはずです。職務経験も長く、社長・会長に次いで会社の顔として認知されている人物でもあります。技術力をアピールして株価を上げるのが彼の役割であるためです。

初めのショックが去ると、私はプレゼンの中身の伝え方に注目しました。 数字が頻出する密度の濃い話でしたが、それらの数字にまつわるエピソードが出てきません。単なるデータの紹介なのだから飾り立てる必要はない、と考えたのかもしれません。しかし聴衆は様々な分野の人々の集まりで、技術的な専門知識のレベルもまちまちでした。たとえば過去の数字の事例と絡めて紹介されれば、将来への示唆に関するヒントになったかもしれません。それに私たちは、膨大なデータよりもストーリーを記憶する方がはるかに得意です。

彼は話しながら聴衆の方を見てはいましたが、相手の視線を捉えてはいない様子でした。このような例に見覚えはないでしょうか、顔を左から右へ、また左へと部屋全体を素早くスキャンするように動かしますが、特定の誰とも目を合わせていないという例です。この方法では、その場の人々とのつながりを深めることができません。そのため、彼はその場にいる人とのつながりを強めることができませんでした。彼の持ち時間を考えれば、聴衆の1人1人とつながりを持つことができたはずです。アイコンタクトは6秒程度が効果的と言われています。これが強引にならず、かつ心の伝わる1度のアイコンタクト時間の目安とされています。

彼の声は、終始静かで平板でしたので、モノトーンに近い響きになっていました。この習慣はプレゼンターにとって致命的なのです。伝えたい内容に輝きと強さをもたらす重要な要素が奪われてしまうからです。すべての単語を同じような強さで発話すると、特定のキーワードを強調する機会を逃してしまいます。1つ前の文では、機会という単語だけを強調し、際立たせる効果を狙ってみました。

または他の目立たせ方をするならば、機会という単語だけを小さな、内緒話のようなささやき声のようにすることもできるでしょう。いずれの声のバリエーションも適切な場面で上手に活用すべきものです。単調な話し方は聴こうという気持ちをそいでしまい、聴衆を眠らせることになってしまいます。 また、語りかけを速くしたり、逆にお・そ・く・したりすることでもバリエーションを増やせます。どちらも聴衆の注意を引くことができます。

現代人は、テクノロジーの観点からは混乱の時代に突入していますが、これもまたテクノロジーのおかげで注意散漫の時代にもどっぷり浸かっています。プレゼンターにとっては人類史上かつてないほど大きなこの挑戦に、私たちは立ち向かわなければなりません。話が面白くなければスマートフォンに負けてしまいます。人々はひそやかに机の下でスマートフォンを手にしてインターネットにアクセスし、プレゼンターから、そしてその場からも精神的に逃れます。

誰にも聞いてもらえないなら、専門家であることや、技術的な専門知識を蓄えていることに意味はあるでしょうか。あなたは誰に向かって話していますか?自分自身ではありませんね。聴衆の関心を失ってしまうとこのようなことが起こります。スライドを使用したプレゼンテーションのプロとしての使用法は、プロとして絶対にマスターしなければなりません。これは今さらお伝えするようなことでもありませんが。

聴衆を惹きつけ、記憶に残るようなエピソードを語ることも、基本スキルのひとつです。 ストーリーによって数字の持つインパクトは大きくなり、データを忘れてしまっても長く記憶に残ります。またプレゼン中のアイコンタクトは、話し手の個性を伝えるパワーを発揮します。さらに、声の強弱やスピードの変化による声のコントロールが加わると、プロならではの説得力が生まれます。

技術職の人々はもはや現実から身を隠していることはできません。自分の専門分野の安全地帯に閉じこもっていることはできず、専門外の人々に知識を伝えることが求められているのです。スキルを身につけましょう、そして何よりも、プレゼンの前に練習することが肝心です。練習のもたらす違いは絶大です。

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