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「今の取引先で満足しています」と言われたら

日本では、未知の相手よりも、欠点が多くてもつきあいのある相手とのやりとりが好まれます。間違いや失敗を恐れるため、変化を起こすことはあらゆる場面で困難です。ビジネスにおいてもリスク回避が極限まで高められています。一社員がリスクを取っても報われることがないばかりか、自分の新たな取り組みが原因で問題が発生すればキャリアに大きなマイナスが生じます。 個人が責任を持って物事を進める、という考え方は好まれないのです。

この国では、意思決定システムも悪夢のようです。意思決定者は誰でしょうか?一人だけ、ということはないでしょう。会議には、1〜3人の出席者がいるかもしれませんが、それはあくまでも氷山の一角です。氷山の全容を知ることはできないのです。壁の向こう側には、変更に同意し承認しなければならない人物が待ち構えているはずです。

日本の組織では、こうした互いのチェック機能により様々なことを担保しています。 まず社内コミュニケーションの円滑化です。誰も不愉快なニュースに驚かされることがなくなります。日本人の多くは、想定外の事態に個人的に対処することが苦手であると感じられます。 事前準備のない突発事項が生じると、あわてて非常口に向かう感覚があります。

もう一つの特徴は、既得権益を持つ関係者すべてに発言の機会が与えられることです。迅速な行動はポジティブに捉えられません。この国ではコンセンサスを得ることが非常に重要であり、人々は新しい取り決めに対して何かしら意見を述べるつもりでいます。変更を提案する書類は各課長の机から机へと回覧され、課長たちは捺印して賛意を示します。このプロセスが完了するまで事態は動きません。

さて、クライアント側の購入担当者が現在のサプライヤーに満足していることが判明したなら、サプライヤー変更のためには先方に多くの作業をお願いしなければなりません。先方の内部打ち合わせにおいて、従来の規定とは違った方法を取ってもらわなければならないからです。しかし今以上に仕事を増やしたい人がいるでしょうか。日本にはいないことは確かです。クライアントが中小企業の場合にはサプライヤーの手配はさらに厄介です。中小企業では、強力なオーナーが経営を意のままにしていることが多く、重要な決定を下すのは経営者であり、決定通りの内容を実行するのが経営者以外の人々です。セールスパーソンのあなたは、その独裁者のような経営者とは直接会うことすらできないかもしれません。

現在の仕入先企業が、初代の祖父の頃からのつながりであるといった例もよくあります。古き良き時代にはゴルフや銀座、高級クラブでの接待などで楽しいひとときを過ごすこともあったでしょう。贈答も盛んに行われ、それらの関係を強固なものにしていました。現在、各企業のトップを務める世代は、互いに同窓であったり、親戚に婚姻関係があったり、ともに東京の特別なクラブのメンバーであったりします。 私が所属する東京の上流ロータリークラブでも、このようなつながりが見受けられます。同じ輪の中で活動する成功者たちです。ファミリービジネスの3代目後継者は、何世代にもわたって築かれた深いつながりを持っているわけです。その彼らが、いったいどんな理由で信頼できるサプライヤーをあなたの会社に変える可能性があるでしょうか?

日本では、大企業でも中小企業でも、サプライヤーとの関係を変えるには多くの障壁があります。正直なところ、私たちが自在に使えるような手立てはほとんどありません。唯一、企業が共通して恐れていることといえば、競合他社に後れを取ることです。ビジネスのグローバル化により、これまで調和の保たれていたサプライヤーとバイヤーの関係が揺らぎつつあるのは事実です。

自社が提供するソリューションについての詳細や利点、品質、価格優位性を説明するだけでは十分ではありません。競合他社に先を越される可能性を指摘し、現在の居心地の良いサプライヤーとの関係に疑問を持たせる必要があります。最高のソリューションが市場で成功し、(それが競合他社によって使用された場合)クライアントの市場シェアを下げることがあることを知らせましょう。 競争の激しい業界各社では、既存の関係の深さよりも生き残りの方に全力を注いでいることを指摘する必要があります。 ライバル社が主要なサプライヤーを変更することが業界全体の変化の引き金となると、同業他社もそれに応じて調整を余儀なくされます。ライバルに先んじて行動すれば、余裕を持って、調整と市場シェア獲得にかかる時間を確保できます。

価格や品質の差は、現在の市場においてはこのような観点で初めて意味を持つようになります。価格や品質の話だけではバイヤーを動かすことはできません。サプライヤーを新規に手配する、あるいは変更する行動を起こすには、日本のビジネスにおいては強固な理由が必要で、それがなければ誰しも「何もしない」というスタンスを貫くことでしょう。

そこで我々は、ある企業のサプライヤー変更により、複数の企業が打撃を受けた例を紹介できるようにしておく必要があります。当該クライアントの業界での環境変化に関連する事例があればベストですが、そうではなくても変化を避けることがいかに危険であるかを明示する必要があるのです。世の中の変化には明らかな要因があります。グローバリゼーションが供給の選択肢を変え、日本の人口減少が企業を生き残るための必死の手段に駆り立て、技術の進歩が既存のビジネス関係を揺るがし、為替変動が価格に影響を与えているのです。

行動を促すのは、恐れと欲であると言われます。日本では、恐れの方がより強く意識されていますので、新しい取り組みがもたらすプラス面よりも、何もしないことによるマイナス面を強調しましょう。あなたのソリューションの利点が競合他社に渡った場合、どのように危険になるかを描いてみせるのです。すぐ変更の決断をしないことで、ライバルに優位性を与えてしまわないよう助言します。今すぐ行動を起こすべきであるという切迫した重要性を伝えるということです。

そして私たちは、オフィスの壁の向こう側にいる人々に、提案書に承認の印を捺して支持してもらえるよう仕向けなければなりません。私たちが打ち合わせを行う人々は最終意思決定者ではありませんから、その人々に日本のビジネスの特徴といえる惰性や変化への抵抗を打ち破らせるためには、核ロケット並みの完全武装で臨めるよう力を貸す必要があるのです。

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